亡くなった方の遺産(預貯金や不動産など)を法定相続分と違った分け方をするには、相続人間での話し合い、いわゆる遺産分割協議が必要であり、その内容を書面化した遺産分割協議書がなければ、預貯金の手続きや不動産の名義変更はできません。
遺産分割協議書は、相続人全員の実印による押印が必要であり、相続人のうちひとりでも押印が欠けていると遺産分割協議書としては成立しません。
よって、預貯金の手続きや不動産の名義変更もできないということになります。
なるべくならそうなってしまうことは避けたいものですが、誰にどう分けるかなど遺産分割協議の内容で揉めているというケースは別として、相続人全員の実印を押してもらうこと自体が大変になってしまうというケースも中には存在します。
それはどういったケースなのかというのを、いくつかピックアップしていこうと思います。
夫が亡くなり、妻と未成年の子の計2名が相続人になったとしましょう。
このケース、遺産分割協議はどうなると思いますか?
未成年者は契約などと同様、単独で遺産分割協議に参加することは法律上認められていません。
そうなると、妻が子を代理して遺産分割協議をすれば良いのではとも考えられますが、実はそれも法律上NGです。
仮に妻が子を代理して遺産分割協議をするとなると、実質妻ひとりで遺産分割協議をするということになります。
こうした、親と子の利益が相反する行為は法律上禁じられており、妻は遺産分割協議につき子を代理することはできないのです。
ではどうすればいいのかというと、子につき特別代理人を選任する手続きを家庭裁判所に対してしなければなりません。
上記の例で言えば、特別代理人の選任手続きを経たうえで、特別代理人が妻とともに遺産分割協議をすることになります(特別代理人が実印を押印します)。
相続人全員が成年である場合と比べ、相続人に未成年者がいると手続きが煩雑になってしまいますので、注意しておいてください。
実際、預金の手続きのために銀行窓口に行っても、相続人に未成年者がいることが分かると「特別代理人の手続きをしてください」と言われ、手続きを拒否されてしまいます(相続手続きには亡くなった方の戸籍謄本が必要なため、未成年の子がいることはすぐに分かります)。
面倒ではありますが、相続手続きを進めるためには、特別代理人の選任手続きを経るほかありません(参考記事:相続人に未成年者がいる場合の遺産分割協議)。
典型例は、父親が亡くなり、母親と子が相続したが、母親が認知症であるという場合です。
認知症などにより判断能力が不十分という方についても、未成年者と同様、遺産分割協議に参加することができません。
どうしても遺産分割協議をしたいのであれば、家庭裁判所にて手続きをし、成年後見人を立てるほかありません。
相続人に未成年者がいる場合と同様、手続きが煩雑になってしまいますので、こちらも注意が必要です。
亡くなった方に子がいれば、子が相続人となりますが、これは前の配偶者との間の子についても同様です。
よくあるのは、再婚し後妻との間の子がいるが、実は前妻との間の子もいたというケースです。
このケースでは、前妻との間の子も相続人となるため、遺産分割協議書に実印を押してもらう必要があります。
面倒ですが、相続手続きを進めていくうえでは避けては通れません。
ちなみに、相続手続きのために戸籍謄本を取ってはじめて、前妻との間の子の存在が判明したというケースもたまにあります。
そうなると、印鑑を押してもらう以前に連絡を取ること自体もひと苦労です。
該当する方は注意しておいた方がいいでしょう。
亡くなった方に子がおらず、かつ親も亡くなっているという場合には、兄弟姉妹が相続人となります。
亡くなった方が高齢であれば、その兄弟姉妹も高齢であることがほとんどですから、中にはすでに亡くなっている方がいるということもあります。
そうなると、すでに亡くなっている兄弟姉妹の子(要は甥や姪)が相続人となります。
その結果、相続人がかなりの人数になってしまっていることも少なくありません。
現在と違い、昔は子だくさんだったということも多いですから、その傾向はより強く出てきます。
相続人の数が多いと、単純に全員から実印をもらうのも大変ですし、手続きに非協力的な人や権利を主張する人が出てくる可能性も高まるというリスクもあります。
これまで様々なケースをあげてきましたが、基本的には遺言書があれば回避することができます。
というのも、遺言書があればそもそも遺産分割協議をする必要がないからです。
例えば、「自宅は妻に、預金は子に相続させる」という遺言書を残していれば、亡くなったら直ちに自宅は妻のものに、預金は子のものになります。
遺産分割協議をする必要がない以上、相続人全員から実印を押してもらう必要もありませんし、認知症であったり未成年者の相続人がいたとしても何ら関係ありません。
相続トラブル防止の観点からすると、遺言書の効果は絶大です。
万が一に備え、生命保険に入るという方は多いですよね。
それと同じ感覚で、トラブル防止また相続人の方の負担軽減のためにも、遺言書は作成しておくべきです。
遺言書も保険のようなものと言っても過言ではないと私は考えています。
将来、上記であげたケースに該当しそうなのであれば、万が一に備えて遺言書の作成を検討すべきでしょう。
掲載日:令和4年11月11日